江戸の馬場を巡る3
 北方馬場  溜池馬場  乗込馬場 尾張殿馬場
 
北方馬場
2011年1月20日撮影
所在地:港区西新橋3丁目24・25付近

北方馬場は芝増上寺の裏門・御成門前にあった馬場です。
 増上寺は徳川家の菩提寺の一つで、将軍が参詣する際にこの裏門がもっぱら用いられましたので、御成門と呼ばれるようになりました。
 
 場所は現在の御成門中学が建っている港区西新橋三丁目25番あたり。
 御成門は、現在の御成門交差点近くにありましたが、明治25年の東京市区改正計画で、内幸町から増上寺三門を経て芝公園に至る道路が新設された際に、現在の東京プリンスホテルの駐車場脇に移転して現存しています。
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 溜池馬場
2011年1月29日撮影
 所在地:港区赤坂1丁目2・9付近

現在の外堀通りの赤坂御門跡から特許庁あたりにあった堰までが溜池で、堰から出た水は虎ノ門、幸橋御門へと流れていました。
馬場はその溜池の東のほとりにありました。

溜池馬場のあった場所は、現在の赤坂1丁目、日本財団ビルとその隣の三会堂ビルあたり。馬場の周辺の松平肥前守、松平大和守、山口筑前守などの武家屋敷が多くあり、武士たちがここで馬術の練習をしていたのでしょうが、今はビルが立ち並んでいます。
馬場跡。中央の三角形のビルが日本財団ビル。

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 乗込馬場
 2011年2月13日撮影
 所在地:新宿区市谷加賀町2丁目5・6付近

切絵図にも「この辺加賀屋敷と云う」
と書かれていますが、江戸時代初期、加賀藩主・前田光高夫人の屋敷があったことから加賀屋敷と言われていて、そこから現在の市ヶ谷加賀町の町名が付いたそうです。

市谷加賀町の由来によると、
「明治5年俗称「加賀屋敷跡」と呼ばれた武家地を市谷加賀町1丁目、土取場町と加賀屋敷跡西側の武家地・乗込馬場をあわせて市谷加賀町2丁目を起立した。」とのことなので、ここでは乗込馬場と呼ぶことにしました。

 外苑東通りから東に上る銀杏坂を登った北側(写真左側)が馬場跡。
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 尾張殿馬場
  2011年2月13日撮影
所在地:新宿区市谷仲之町の東側付近

尾張徳川家の上屋敷(現防衛省)の西側、外苑東通り沿いに馬場がありました。
 
 外苑東通りの一部と左側の建物群が馬場のあった所。
 外苑通りから一本西の道。右側が馬場跡。
 防衛省
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 2011年4月1日作成
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