名所江戸百景を歩く 第101景〜第110景
   
第101景 「浅草田甫酉の町詣」
  撮影地:台東区千束4丁目46番付近

  第101景は、新吉原の遊女の部屋の中からの風景で、富士山や、鷲神社に参詣する人たちが描かれています。
 部屋の中からというのは無理ですが、新吉原のあったエリアの西隅、千束4丁目46番付近の道路から撮りました。この道を進んで国際通りに出て南に進むと鷲神社があります。

鷲(おおとり)神社のお多福さま。

     2010年10月5日撮影
   
第102景 「蓑輪金杉三河しま」
  撮影地:荒川区東日暮里三丁目11-10 日暮里公園

 第102景「蓑輪金杉三河しま」は、現在の地名でいうと台東区三ノ輪から、金杉(三ノ輪の南西)、荒川区三河島(三ノ輪に西)にかけてあった湿地を描いたものです。
 このあたりは低地で、荒川が氾濫すると浸水するために湿地帯が点在していて、鶴も飛来してました。また、ここには将軍家の御鷹場があり、観音寺か法界寺が御膳所にあてられていたそうです。
 写真は場所が限定できなかったので蓑輪・金杉・三河島の真ん中あたりの日暮里公園で撮影。
   2010年11月8日撮影
   
第103景 「千住の大はし」
 
  撮影地:荒川区南千住8丁目 隅田川テラス

  千住大橋が最初に架けられたのは、徳川家康が江戸城に入って4年目の文禄3年(1594)。隅田川の橋の中では、最初に架けられた橋で、伊奈備前守の指揮のもと掛けられた木橋でした。架橋位置は、現在の 『千住大橋』 より 200m程上流側だったそうです。
 当初は、ただ”大橋”と呼ばれていましたが、下流に大橋(両国橋)や新大橋がつくられてから”千住”の地名を付して呼ばれるようになりました。
 奥州・日光・水戸三街道の要地をしめて、千住の宿を南北に結び、30余藩の大名行列がゆきかう東北への唯一の大橋で、 松尾芭蕉が、奥州への旅で、人々と別れたところも、ここです。
 千住大橋の撮影場所を探したのですが、隅田川沿いの堤防が高くてテラスもないので、下流側に撮なかなか撮影ポイントがなく、歩くこと約700m、さくら堤通りからの川沿い散策ルートでから撮影。手前の橋は日比谷線とJRの鉄橋で、千住大橋はその向こうです。

千住大橋

    2010年7月31日撮影
   
第104景 「小梅堤」
  撮影地:墨田区向島1丁目33-3付近

  小梅堤は小梅村を流れていた水路の土手です。その小梅村のあったのは、現在人気観光スポットの1つとなっている建設中の東京スカイツリーがある辺り。地図を見ると、スカイツリーの西側に「小梅橋」や「小梅小学校」など地名の名残があります。
 また、絵に描かれている水路の上流は、第33景「四ツ木通用引ふね」で描かれている水路です。この水路は最初、本所や深川方面へ飲料水を供給するため掘られた亀有上水でしたが、水量が不安定だったり満潮時塩水が混じったりと飲料水にはむかず、灌漑用や水上交通路に利用されていました。
 写真は小梅児童公園横から。絵に描かれている橋は横断歩道で代用して撮影。

公園越しの東京スカイツリー。
 2010年10月23日撮影
   
第105景 「御厩河岸」
  撮影地:台東区蔵前2丁目15 厩橋西詰

  隅田川の蔵前橋から厩橋にかけての西岸に幕府の米蔵である浅草御蔵がありました。その北側に、米蔵のための荷駄馬用の厩があったことから御厩河岸と名付けられた地域があり、この岸と対岸・本所石原町との間には「御厩の渡し」がありました。
 この絵は、御厩河岸から隅田川を望んだ夕暮れの光景で、渡し船に乗っている女性たちは夜鷹とよばれる私娼と言われてます。
 写真は厩橋西詰下流側から対岸方向を撮ったもの。御厩河岸、本所石原町が下流側にあるのでブログに載せた上流側も写真から変更しました。
    2011年4月17日撮影
   
第106景 「深川木場」
  撮影地:江東区木場3丁目18 木場親水公園

 元禄14年(1701)に15の材木問屋や深川の南の海岸近くに幕府から土地を買い付け、材木置場を造って材木市場を開いたのが、木場です。
 現在の木場町は、丸太の貯木場は東京湾の埋め立てに伴いもっと南の東京湾沿いの新木場に移転してしまい、今は跡地が木場公園になっています。また、移転先の新木場の貯木場も、木材を丸太で輸入することがなくなってほとんど使われていません。
 写真は木場公園の西にある木場親水公園にて撮影したもの。園内には和船が浮かび、木橋が架かっています。
    2010年10月17日撮影
   
第107景 「深川洲崎十万坪」
  撮影地:江東区東陽4丁目10付近

  深川の東方の海に面した地域を深川洲崎といい、江戸市内で発生した塵芥で埋め立てた埋め立て地でした。
 今回は大鷲と同様少しでも高いところから、ということで東陽町駅付近の四つ目通り東陽4丁目、深川高校前の歩道橋の上から撮りました。
   2010年10月17日撮影
   
第108景 「芝うらの風景」
  撮影地:中央区勝どき3丁目14付近 隅田川テラス

 芝浦は汐留橋から高輪辺りまでの海浜で、北側には浜御殿がありました。絵の右側、石垣の上に松が生えている所が浜御殿です。また、品川沖の御台場も左手にいくつか描かれています。
 現在の浜離宮を含む芝浦沖を見た景色なので、浜離宮庭園から出ている水上バスに乗って撮るのがよいのですが、今回は、隅田川対岸の浜離宮庭園が斜めに見えるあたりから撮影。あいにくの曇り空で、暗くてどこを撮っているのかわからないので東京タワーも入れました。
   2010年10月3日撮影
   
第109景 「南品川鮫洲海岸」
  撮影地:品川区東大井2丁目17 勝島運河沿い

 鮫洲海岸は南品川から大森にかけての海岸です。海苔の栽培が盛んで、ヒビ(海苔を着成させるための道具)や海苔を採集する小船が絵でも描かれています。
 写真は南品川と大森の間にある勝島運河で撮影。勝島運河を少し南まで行った立会川の河口近くには、土佐藩・鮫洲抱(かかえ)屋敷跡と土佐藩・浜川砲台跡があります。
    2010年11月6日撮影
   
第110景 「千束の池袈裟懸松」
  撮影地:大田区南千束2丁目 洗足池

 弘安5年9月(1282年)日蓮上人が身延山から常陸国(茨城県)に湯治に向かう途中、日蓮に帰依していた池上宗仲の館(池上本門寺)を訪れる前、千束池の畔で休息し傍の松に袈裟をかけ池の水で足を洗ったという言い伝えから、この松を袈裟掛けの松と称するようになました。また千束池を洗足池とも称されるようになったといわれています。
 池の東のほとりにある妙福寺(御松庵)には、「袈裟掛けの松」の碑と3代目と言われる袈裟掛けの松が残っています。

 写真は洗足池の南側にあるボートハウスから。袈裟掛けの松は右手の樹木の生茂ったあたりに、対岸に描かれている千束八幡神社は写真の左側より外にあります。

「袈裟掛けの松」の碑と3代目「袈裟掛けの松」

  2010年8月15日撮影
   
 
   
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