名所江戸百景を歩く 第11景〜第20景
   
第11景 「上野清水堂不忍ノ池」
   撮影地:台東区上野公園

 清水観音堂は、寛永寺を開創した天海が京都清水寺を模して寛永8年(1632)に創建、当初、現在地より100m余り北方の摺鉢山上にあったが、元禄7年(1694)に現在の場所へ移築されました。
毎年9月25日には、人形供養が行われています。

清水堂下から。

     2010年11月10日撮影/2011年4月13日再撮影
   
第12景 「上野山した」
  撮影地:台東区上野公園

上野公園前交差点から北の上野方向を見た景色。鳥居が描かれている五条天神は、カラオケBIC ECHOの付近にありました。その後上野公園内に移転しています。

祭神が、疫病や耕病に苦しむ人々に製薬と治療の方法を授けたことから医薬の祖神として信仰されているそうです。
   2010年10月2日撮影
   
第13景 「下谷広小路」
 
  撮影地:台東区上野1丁目19

上野の南、かっての”下谷広小路”・中央通りから上野松坂屋を見た景色。
中央通りの道幅は、明暦の大火後拡大した下谷広小路とだいたい同じ位なようです。

松坂屋は看板は英語表記の「Matsuzakaya」ですが、プレートには伊藤屋の名残である、井に藤の松坂屋の紋が健在です。

    2010年10月2日撮影
   
第14景 「日暮里寺院の林泉」
  撮影地: 荒川区西日暮里3丁目6付近

江戸時代の中頃より「日ぐらしの里」と呼ばれ、庶民に親しまれてきた日暮里は、四季折々の花を楽しむ人々で賑わったそうです。このあたりの寺社は競って庭園を造り、青雲寺・修性院・妙隆寺(修正院と合併)は、花見寺ともいわれていたとのこと。
 寺院の林泉からはお寺を特定できないので、花見寺の中から船繋松のあった青雲寺の前から、としました。
 2010年9月21日撮影
   
第15景 「日暮里諏訪の台」
  撮影地:荒川区西日暮里3丁目4 諏方神社境内

諏方神社境内で花見をしながら、眼下の景色を見て楽しんでいる風景です。絵にも描かれている(ような)坂も残っていました。

諏方神社

    2010年9月21日撮影
   
第16景 「千駄木団子坂花屋敷」
  撮影地:文京区千駄木2丁目19付近

  団子坂花屋敷は、団子坂を登りきった左手にあった紫泉亭という屋敷のようです。
  団子坂上交差点から左側の脇道に入ると西側には工事中でしたが鴎外記念室があります。記念室は森鴎外の住居跡で、そのすぐそばに紫泉亭があったそうです。
 そこで、記念室の反対側(東側)、文京八中の北側にある階段があるので、降りたところから崖上の記念室付近を望むような形で第16景としました。
    2010年10月29日撮影
   
第17景 「飛鳥山北の眺望」
 
  撮影地: 北区王子1丁目1-3 飛鳥山公園内

王子の飛鳥山は、8代将軍吉宗が江戸庶民のために桜を植えて以来の桜の名所でした。
その頂上でお花見をしている風景なので、現在の写真も季節が違いますが飛鳥山頂上付近の風景です。

飛鳥山は標高25.4mと低い山ですが、今は飛鳥山モノレール・アスカルゴで下から登ることもできます。

   2010年9月4日撮影
   
第18景 「王子稲荷の社」
  撮影地: 北区岸町1-12-26 王子稲荷神社境内


江戸百としては珍しいことに、現在でも、王子稲荷神社境内の鳥居、石段の位置、本殿の位置関係はほとんど広重の描いた頃と変っていないようです。

また、王子稲荷は落語「王子の狐」でも有名で、境内には舞台となった(らしい)”狐の穴”もあります。

   2010年9月4日撮影
   
第19景 「王子音無川堰棣」

  撮影地:北区王子本町1−1−1 音無川親水公園

 石神井川は北区付近では音無川と呼ばれていました。昭和30年代から始まったで石神井川の流路が変更になり、 残された旧流路に音無川親水公園が作られました。

ブログでは音無橋下から下流方向を撮った写真を使ったのですが、絵で堰が描かれているということは上流方向を見ているので、今回は別の写真に変更しました。
    2010年9月2日撮影
   
第20景 「川口のわたし善光寺」
  撮影地:北区岩淵町 新荒川大橋 

岩淵宿から荒川を渡るのには、川口の渡しを舟で川口宿へ渡りました。しかし徳川将軍の日光社参の時には、舟を使わず、船橋が設けらました。明治38年には常設の船橋が設けられ、昭和3年9月新荒川大橋が開通するまで名所のひとつとして親しまれていたそうです。
絵では川向こうに善光寺が描かれていますが、今も川向こうの一番高いビルの右に善光寺はあります。
   2010年10月11日撮影
   
 
   
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