名所江戸百景を歩く 第21景〜第30景
   
第21景 「芝愛宕山」
  撮影地:港区愛宕1-5-3 愛宕神社境内

 広重は強飯式という行事の儀式を終えて本殿の門まで石段を登って帰ってきたところを描いています。
 今は、石段を上がった所にあるのは門ではなく鳥居です。拝殿前に丹塗門があればそちらを入れて撮ったのですが、修復中で別の場所に移動していました。

     2010年10月7日撮影
   
第22景 「広尾ふる川」
  撮影地:港区白金1丁目1付近

 この絵は古川に架かる四の橋の上流にあった広尾原を描いたもの。
  古川は現在、港区内の天現寺〜浜崎橋先の河口までを流れる河川で、上流の宮益橋から天現寺橋までは渋谷川と呼ばれています。
 写真は今も古川に架っている四之橋を入れて撮りましたが、ここも川の上に首都高の高架が頭上にあって味気ないものとなっています。 
 
   2010年9月25日撮影
   
第23景 「目黒千代か池」
 
  撮影地:目黒区三田1−1付近

目黒区の立てた説明板によれば、
「目黒区目黒1丁目、三田2丁目と品川区上大崎2丁目の区境あたりの地に、江戸時代、九州の肥前島原藩松平主殿頭の抱屋敷がありました。2万坪あまりの広大な敷地の庭には、三田用水を利用した滝や池があり、景色のままりの見事さから絶景観と呼ばれた別荘がありました。
 屋敷地の一角(現、目黒1-1付近)には、かって「千代が池」という池がありました。これは南北朝時代の武将新田義興が、多摩川矢口の渡しで非業の死を遂げ、それを悲しんだ側室の千代が身を投げた池と伝えられています。」
とのこと。
 ”千代が池”があった目黒区三田1−1都教育研究所の前の坂下から、坂を見上げるように撮りました。
    2010年10月27日撮影
   
第24景 「目黒新富士」
  撮影地:目黒区中目黒2丁目1-23付近

新富士と呼ばれた富士塚は、中目黒2丁目、別所坂の上の右手の高台にありました。
文政2年(1819)に蝦夷地での探検調査で知られた近藤重蔵が自分の別邸内に築いたものしたが、昭和34年に取り壊されたそうです。

 第24景は高い所から新富士を見た風景なのでせめて少し離れた所からとも思ったのですが、マンションばかりなので、見晴らしの良さが多少はわかるよう別所坂上の目黒新富士のあった近辺から撮りました。
 2010年9月19日撮影
   
第25景 「目黒元不二」
  撮影地:目黒区上目黒1丁目8付近

 元富士は文化9年(1812)上目黒の富士講の人々が築いたもので、高さ12mあったそうです。文政2年(1819)中目黒2丁目に新しく富士が築かれ、それを新富士と呼ぶようになってから、ここの富士は元富士といわれるようになりました。った。 元富士は明治11年(1878)に取りこわされたそうです。
 現在目黒元富士があった所にはマンションが建っていますが、その前の坂が工事中だったので通りすがりながら1枚だけ撮りました。
    2010年9月19日撮影
   
第26景 「八景坂鎧掛松」
  撮影地:大田区山王2丁目8-2 天祖神社境内

 八景坂はJR大森駅西口を出たすぐ目の前、現在の池上通りの山王2丁目から山王3丁目にかけての坂道です。
 駅前にある天祖神社には「八幡太郎鎧掛けの松」と伝承されている松があったそうです。源義家が、後三年の役に奥州征伐に赴くにあたり駒を止め、鞭を下ろし、鎧を掛けて土地の風景を眺めしばし汗を拭い取ったとのこと。源義家のこのような伝承は、日本橋の鎧の渡しで鎧を沈め、兜神社では兜を埋め、などいろいろな所にあるようです。
 写真は、天祖神社の石段から、今では海は見えませんが東の大森駅方向を見た景色を撮ったものです。
    2010年10月16日撮影
   
第27景 「蒲田の梅園」
 
  撮影地:大田区蒲田3丁目25-6 梅屋敷公園

 第27景は蒲田にあった梅園を描いたもので、京急梅屋敷駅の近くに梅屋敷公園として敷地の一部が残っています。ただ残念なことに現在梅屋敷公園は、京急蒲田駅付近連続立体交差事業のため公園のかかなり広い範囲が閉鎖されていて狭くなっており、第一京浜の道幅拡張も計画されているようでなくなってしまうかもしれません。
  2010年10月12日撮影/ 2011年2月9日再撮影
   
第28景 「品川御殿やま」
  撮影地:品川区北品川3丁目1付近

御殿山は八代将軍吉宗が桜を植えてから桜の名所となりましたが、幕末の黒船来航で台場を築くために山の土を削りとったため形が変ってしまいました。その削りとった後の景色を描いたのが第28景です。
 御殿山の東側、京浜急行北品川駅前の歩道橋上から御殿山ガーデン方向を撮ったのですが、肝心の御殿山がほとんど写っていません。
   2010年9月11日撮影
   
第29景 「砂むら元八まん」
  撮影地:江東区南砂7丁目14-18  富賀岡八幡宮境内

富岡八幡宮は、寛永6年(1629)に深川に移築するまで、深川の東方、砂町にありました。移築後も八幡宮の宮居がそのまま残っていたのでこれを元八幡と呼んでいたそうです。
写真は現在も江東区にある元八幡(富賀岡八幡宮)の境内で鳥居の向きを合わせて撮ったものです。
    2010年10月1日撮影
   
第30景 「亀戸梅屋舗」
  撮影地:江東区亀戸3丁目51付近

 梅屋敷は江戸時代から続く梅の名所で、なかでも「臥龍梅」と名付けられた一株が有名でした。この梅はまるで龍が大地に横たわっているように見えるところから、水戸光圀が命名したと伝えられています。また、八代将軍徳川吉宗も鷹狩の帰りにこの地を訪れました。
 明治43(1910)年、大雨により隅田川沿岸はほとんど水に浸り、梅屋敷のすべての梅樹が枯れ、廃園となりました。

 今は北十間川に沿ってある浅草通りに”臥龍梅”の碑が建っています。

   2010年4月8日撮影 / 2011年2月6日再撮影
   
 
   
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