名所江戸百景を歩く 第31景〜第40景
   
第31景 「吾嬬の森連理の梓」
  撮影地:墨田区立花1丁目1付近

 JR亀戸駅から明治通りを北へ徒歩15分程度、北十間川に架かる福神橋あたりです。
 吾嬬の森は、北十間川の北岸にあった吾嬬神社の代表的な呼び名で、その境内に、途中から2股に分かれた「連理の樟(れんりのくす)」と呼ばれた神木がありました。(※広重は表題を梓(あずさ)としていますが、実際は樟(くす))

 吾嬬神社(墨田区立花1丁目1番15号)には「連理の樟」の枯れた根と一部の幹が残っています。

     2010年6月30日撮影
   
第32景 「柳しま」
  撮影地:江東区亀戸3丁目35付近
 
 亀戸天神の西を流れる横十間川が北で北十間川に突き当たっている付近を描いています。
 絵の左側赤い塀の中は妙見堂、柳嶋橋の西詰には懐石料理で有名だった料亭橋本でしたが、現在はビルとなった妙見山法性寺、橋の袂は普通のビルです。
 法性寺は明応元年(1492年)に現在の場所に建立され、北斗七星の神格化した北辰妙見大菩薩を本尊として祀っていました。江戸庶民の間では”柳嶋の妙見さま”として親しまれ、とりわけ芸人たちに広く信仰されていたそうです。熱心に信仰していた葛飾北斎の画号も、そこから付けたと言われています。
   2010年7月1日撮影
   
第33景 「四ツ木通用水引ふね」
 
  撮影地:葛飾区四つ木5丁目 曳舟川親水公園

 曳舟川は、江戸幕府が明暦3年(1657)の大火ののち、開発に着手した本所・深川方面の新市街地へ飲料水を供給する目的で開削された水路です。成立は万治2年(1659)といわれ、亀有上水あるいは本所上水・小梅上水とも呼ばれました。水源は瓦曾根溜井(かわらそねためい)(現埼玉県越谷市)で、亀有に入ってからは東側に中井堀を分水し、四つ木付近までは二条の水路が平行して流れていました。
 亀有上水の廃止は亨保7年(1722)のことで、小梅より南の水路は埋め立てられましたが、上流部はそのまま用水として残され、古上水堀と称されました。
 上水の廃水後、篠原村(現四つ木)から亀有村間の28町(約3キロメートル)の水路を利用して「サッパコ」という小舟に人を乗せ、土手の上から長い綱で肩に掛けて引くことが始まり、「曳舟川」と呼ばれるようになりました。(説明板より)

 現在は亀有から四つ木まで約3.0kmが曳舟川親水公園となっていて、緑道の他、水遊びのできる広場が3ゾーンあり、その前後には昔の小川の姿に近づけた景観水路となっています。

    2010年10月10日撮影
   
第34景 「真乳山山谷堀夜景」
  撮影地:墨田区向島2丁目 隅田川堤防

 隅田川の東岸から、対岸の待乳山と山谷堀を描いた作品。写真は隅田川堤防上から撮りましたが、もう少し上流からの方が近い構図でした。

 待乳山聖天は金龍山浅草寺の支院で、隅田川に臨む小丘の上にあり江戸時代には東都随一の眺望の名所と称されました。また、境内各所には大根・巾着の意匠がありますが、大根は健康で一家和合、巾着は商売繁盛を表しているそうです。

 また、待乳山聖天の北を流れる山谷堀を舟で通って遊郭の吉原へ遊びに行くことが、江戸時代にはぜいたくな遊びでした。今は山谷堀は埋め立てられて山谷堀公園となっています。
 2010年6月10日撮影
   
第35景 「隅田川水神の森真崎」
  撮影地:墨田区堤通2丁目17 隅田川神社前

 水神の森は隅田川川岸にあった水神社(隅田川神社)の鎮守の森でした。この絵は隅田川大堤の桜を前景に隅田川越しに対岸の真崎を描いたものです。
 現在の隅田川神社は百メートルほど移っているようですが、写真は神社前の公園から桜の木を右端に入れて隅田川方向を撮りました。今は堤防があって対岸は見ることができません。

隅田川神社

水神社だけあって、狛犬の代わりに1対の亀。
    2010年9月26日撮影
   
第36景 「真崎辺より水神の森内川関屋の里を見る図」
  撮影地:荒川区南千住3丁目 隅田川堤防

 この絵は台東区にあった真崎稲荷境内の茶店から隅田川対岸の水神社(隅田川神社)、関屋の里を見た景色です。
第35景「隅田川水神の森真崎」が水神社から真崎を見た景色なのでその逆になります。
 写真は白鬚橋の少し北の堤防上から対岸の白鬚東アパート付近を撮りました。

 白鬚橋近くにある石浜神社内には真先稲荷神社も祀られています。

    2010年11月3日撮影
   
第37景 「墨田河橋場の渡かわら竈」
  撮影地:台東区橋場1丁目 隅田川堤防

 この絵は台東区今戸町の先にあった隅田川の橋場の渡しと瓦(今戸瓦)や瀬戸物(今戸焼)を焼く竈(かまど)から煙の立ち昇る風景を描いた作品です。
 写真は今戸2丁目と橋場1丁目の境、人権プラザ前交差点を曲がって隅田川テラスに出たあたりから。
 
 近くの今戸神社には「今戸焼発祥之地」の碑があり、招き猫発祥の地のひとつとも言われています。

   2010年11月3日撮影
   
第38景 「廓中東雲」
  撮影地:台東区千束4丁目33付近

 第38景は浅草の北、新吉原の夜明前の風景です。
 吉原の街の区割りは、今も江戸時代と変わっていません。吉原大門交差点から仲之町通りへ入っていくと、昼間だというのに黒服が各店舗前に出ていて撮りずらかったですが、仲之町通りの吉原交番交差点でさっと撮ってすぐに仲之町通りを通り抜けました。
   2010年10月5日撮影
   
第39景 「吾妻橋金龍山遠望」
  撮影地:墨田区向島1丁目 隅田川テラス

 この絵は吾妻橋と金龍山浅草寺を隅田川に浮かべた舟から眺めた風景。舟というわけにいかず、言問橋の少し川下から撮ったのですが、吾妻橋はその上手にある東武伊勢崎線の鉄橋で隠れてほとんど見えず、浅草寺と五重塔もビルの陰になって見えません。しかも雲で日差しが遮られ暗い写真になってしまいました。
    2010年10月23日撮影
   
第40景 「せき口上水端はせを庵椿やま」
  撮影地:文京区関口2丁目11−3付近

 現在の文京区の関口2丁目にも、神田川沿いには戦後復元された関口芭蕉庵があり、また結婚式場で有名な椿山荘がすぐそばに建っています。
 神田川沿いから、右手に関口芭蕉庵を入れて撮ろうとしましたがうまく入りませんでした。
  2010年7月14日撮影
   
 
   
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