名所江戸百景を歩く 第71景〜第80景
   
第71景 「利根川ばらばらまつ」
  撮影地:江戸川区東葛西4丁目57 旧江戸川沿い

 「利根川ばらばらまつ」は、名所江戸百景の中でタイトルに場所を示す単語がない唯一の景ですが、妙見島付近だという意見が多いようです。妙見島は東京都と千葉県の境、旧江戸川にある中州で、南北約700m、東西約200m、東京23区唯一の自然島です。
 写真は妙見島南端を東京都側から見た風景。手前屋根は釣り船の屋根ですが、旧江戸川の両岸には釣り船屋が多くありました。
     2010年8月26日撮影
   
第72景 「はねたのわたし弁天の社」
  撮影地:品川区羽田2丁目 多摩川沿い

  はねだの渡しは、羽田と大師河原の間にあった渡しで、六左右衛門渡しとも言われました。江戸末には川崎大師の参詣にも利用されて賑わったそうです。現在多摩川の高速大師橋近くの土手に記念碑が建っています。
 写真は高速大師橋の下手から多摩川の下流方向を見た風景。左手、木の陰にちらっと見えているのが羽田空港。広重の絵に描かれている弁財天の社は、かっては今の羽田空港の敷地内にあったのですが、昭和20年9月連合軍の強制立退命令により移動させられて絵の場所にはありません。
   2010年8月21日撮影
   
第73景 「市中繁栄七夕祭」
  撮影地:中央区京橋1丁目9付近

 歌川広重は、現在の中央区京橋1丁目9番で、嘉永2年(1849)から死去までのおよそ十年間を過ごしました。
  「市中繁栄七夕祭」は、家の屋根上の物干場から七夕祭りの様子を描いたものですが、今では、七夕に七夕飾りなどなさそうなオフィスビル街となっています。
 写真は「歌川広重住居跡」の説明板のある通りから。富士山のある方角はビルで見通しがききませんでした。
    2010年7月11日撮影
   
第74景 「大伝馬町ごふく店」
  撮影地:中央区日本橋大伝馬町10付近

 「大伝馬町ごふく店」に描かれている大丸屋は通旅籠(とおりはたご)町、今でいう大門通りと大伝馬本町通りの交差する角の南西側にありました。大丸屋もすでに進出していた越後屋に倣って「現金かけねなし」で京都から進出して、繁盛したそうです。
 
 2010年7月24日撮影
   
第75景 「神田紺屋町」
  撮影地:千代田区神田紺屋町

 神田紺屋町は、慶長年間(1596〜1615)に徳川家康から軍功として関東一円の藍の買い付けを許されていた紺屋頭土屋五郎右衛門が支配していた町で、配下の染物職人が大勢住んでいたので、「紺屋町」と呼ばれるようになったそうです。
 江戸を代表する藍染めの浴衣と手拭の大半は、紺屋町一帯の染物屋で染められ。、「その年の流行は紺屋町に行けばわかる」と言われていたほどだったそうです。ちなみに「場違い」という言葉は、紺屋町以外の地区で染める浴衣や手拭い染めのことを、江戸の人がそう呼んだことに由来するそうです。
 どこで撮ろうかと歩き回ったのですが、どこも同じようなビルが立ち並んでいるばかりなので、今回は北側の神田紺屋町から神田駅方向に向かった風景としました。
    2010年7月24日撮影
   
第76景 「京橋竹がし」
  撮影地:中央区京橋3丁目5付近

 現在は銀座中央通りの首都高下に明治8年、大正11年の親柱が残っているだけの京橋ですが、かっては京橋川に架かる擬宝珠のあるりっぱな橋で、日本橋から東海道で京都へ行く場合に最初に渡る橋でした。
  竹河岸は、京橋川の北東沿岸の京橋と白魚橋間にある河岸地で、竹商人が多くいたことからこう呼ばれていました。竹の多くは、千葉県から高瀬舟に載せて京橋川に入って来たものや、群馬県から筏に組んで送ったものだったそうです。
 写真左は警察博物館、右は首都高下にある紳士服の青木。
 人の行き交う歩道(橋)が下で、車(船・筏)が行き交う高速(川)が上と、今では広重の頃と逆になっています。
    2010年7月11日撮影
   
第77景 「鉄砲洲稲荷橋湊神社」
  撮影地:中央区新川2丁目 南高橋東詰

 鉄砲洲は現在の中央区湊付近。絵は亀島川の下流東側から八丁堀に架かる稲荷橋と砲洲稲荷神社(左の赤い塀に囲まれた所)を眺めた風景です。
 写真左端のマンション付近が砲洲稲荷神社があったところで、その隣の一段低くなっているあたりに八丁堀がありました。八丁堀のあった所は桜川公園などになっています。

鉄砲洲稲荷神社。明治元年に移転して現在は中央区湊1丁目6-7にあります。

   2010年8月6日撮影
   
第78景 「鉄砲洲築地門跡」
  撮影地:中央区月島1丁目 隅田川沿い

 「鉄砲洲築地門跡」は、信徒が築地御坊とも築地門跡とも呼んでいた西本願寺別院(築地本願寺)を、鉄砲洲の前の江戸湊から見た風景です。
 築地本願寺から隅田川を渡って対岸の上流、月島付近の隅田川沿いから、対岸下流側築地本願寺の付近を撮りました。ビルが立ち並び、築地本願寺は見えません。

現在の築地本願寺。江戸時代は和風の寺でしたが、今はインド様式。

   2010年7月4日撮影
   
第79景 「芝神明増上寺」
  撮影地:港区芝大門2丁目1付近

 「芝神明増上寺」は芝の芝神明(芝大神宮)と増上寺を描いた絵です。左側増上寺の大門と山門、右側に芝神明の特徴のある屋根が描かれています。芝大神宮では、祭りの期間が9月11日から21日まで11日間にも及ぶところから「だらだら祭り」とも呼ばれる秋祭が今も行われています。
 写真は、芝大神宮の位置から考えて、もう少し大門から離れたところからの方がよかったのですが、街路樹に隠れてしまうのでこの距離になりました。

増上寺大門。現在のものは国道の通行整備のため、昭和12年に原型より大きく、コンクリート製に作り直されたもの。

    2010年月日撮影
   
第80景 「金杉橋芝浦」
  撮影地:港区芝1丁目 金杉橋

 金杉橋は、東海道が金杉川を渡る橋として架っていました。金杉川は、現在の渋谷川が下流で名前を変えた古川のうち、赤羽橋付近では赤羽川、金杉橋付近では金杉川と言ったそうです。、
 現在の古川は日本橋と同様、首都高の高架下になっています。屋形船や釣り船が停泊していて、奥には新幹線が通るのも見えるので、首都高の屋根がなければ、そこそこの風景になりそうなのですが。
  2010年8月2日撮影
   
 
   
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