亀島川沿い 
亀島川は日本橋川から箱崎付近で分流する河川で、約1Kmと短い流路に5つの橋が架かっています。、
(日本橋水門)−霊岸橋−新亀島橋−亀島橋−高橋−南高橋−(亀島川水門)
 霊岸橋
亀島川の最初に架かる橋。 すぐ上流には日本橋水門があります。
2010年2月25日撮影。
白いカモメが飛んでいるデザインです。
(画面奥に見えるのが、日本橋水門) 
新亀島橋
2010年4月20日撮影。
テラスの欄干の「大川をのぼる廻船」と題したレリーフ。
同じく、テラスの欄干の「廻船の荷下し」と題したレリーフ。
亀島橋
2010年4月20日撮影。
道路歩道間の防護柵。
亀の甲羅の甲羅の六角模様です。
欄干も亀の甲羅の六角模様です。
高橋
写真右側、橋の向こうに見えるビルはキリンホールディングスの新川本社ビル。
2010年4月20日撮影。
道路歩道間の防護柵。 
欄干。 
南高橋 
説明板より。
「中央区民文化財 南高橋 所在地 中央区新川二丁目/湊一丁目(亀島川) 
創架年代は、昭和6年(1931)に起工、同7年3月に竣工。
現在の南高橋の地には江戸時代には木橋は架橋されておらず、亀島橋上流に高橋があったのみでした。大正十二年(1923)の関東大震災ののち、街路の大規模な区画整備が行われたときに当時の本湊町と対岸の越前堀一丁目との間の亀島川に新しく橋を架けることにまりました。
東京市は、多くの橋を改架したため、予算も乏しくなりました。そのため明治三十七年(1904)に改架され、大震災で損害を受けた隅田川の両国橋の三連トラスの中央部分を補強し、橋幅を狭めて南高橋として架設したのです。
都内において、珍しくも明治三十七年のトラス橋の一部が現在に残ることとなり、その意味でも近代の土木遺産として貴重です。都内に残る鋼鉄トラス橋としては江東区に移転した八幡橋(旧弾正橋)についで二番目に古く、車両通行可能な鋼鉄トラス橋としては全国で6番目に古い橋梁になります。区民有形文化財に登録されています。
平成十四年三月 中央区教育委員会」
 2010年4月20日撮影。
 高橋から見た南高橋。
欄干部。 
亀島川水門。 
   
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