大横川を歩く1
北十間川〜JR総武線高架 
2011年7月24日
歩き始めは大横川の北端、東京スカイツリーの西側から。
北十間川から大横川が分流した所は暗渠となっていて上が業平橋水上公園となっています。
ここには船の形をした公園管理事務所らしき建物があり、下まで長い滑り台がついています。
去年来たときは公園南側の業平橋下を通ることができたのですが、今は下水道再構築工事中で通り抜けできません。
そのため業平橋を渡り、さらに迂回して南の大横川親水公園へ向かいました。
業平橋の上から見たスカイツリー。

大横川親水公園は、業平橋から首都高速7号小松川線の手前まで約1.8km続き、橋と橋の間がそれぞれ異なった趣になっています。

大横川親水公園のもっとも北側のエリアには魚つり場があり、釣り糸を垂らしている人たちが結構いました。入場無料ですが、釣った魚は持ち帰り不可、だそうです。
次の平川橋は道路を作りなおす工事中でした。
平川橋の下を抜けると、水の流れが再現され、せせらぎのある水遊びエリアとなっています。
子供たちがうらやましくらい、びしょ濡れになって遊んでいました。
少し南に進むと吊り橋も。
横川橋。
横川橋の下を抜けると、少し雰囲気が変わります。
橋の脇には竹やぶがあり、
その先には広場もあります。 ゲートボールなどに使われているようです。
また西側の壁には本所七不思議の絵が、東側の壁には四季折々の絵が並んでいます。
これは本所七不思議の1つ、足洗い屋敷。
「本所三笠町に住む旗本屋敷に、夜ごと家鳴りがし、天井からひどくよごれた大足がニョッキリ出る。足を洗ってやるとおとなしく引込める。たまりかねた主人は同僚と屋敷を交換したところ、足は現れなくたったという。」
というお話だそうです。
紅葉橋。
紅葉橋を抜けると、大きな岩が配置され、ちょっとした山の中の渓谷のような雰囲気。
法恩寺橋。
中央部分は新しいですが、歴史を感じさせる石組。帰宅後調べたら関東大震災(1923)後の1925年(大正14)頃に架けられた橋のようです。
橋の東側200mほど行ったところには、名前の由来となった法恩寺があります。

「法恩寺は太田道灌が1458年(長禄2年)に江戸城を築くにあたり、城内鎮護の祈願所として武蔵国平河村(江戸城平川口)に建立開基。その後神田柳原、谷中清水町と移転した後、1695年(元禄8年)に現在地に移ってきました。
現在地の「太平(町)」の地名は、太田道灌の「太」の字と、山号平河山の「平」の二文字をとり命名されたものと言われている」(Wikipediaから)そうで、太田道灌家供養塔が墓地に建っています。

法恩寺橋に戻ると再び大横川親水公園を南に向かいました。
法恩寺橋の下をくぐると、今度は草の生い茂った湿地帯のような景色となります。
子供たちが何を釣っているのかと思ったら、ザリガニのようです。
次の清平橋は橋梁工事中。
その先は、一転して整備された人工的な広場となっています。
人がたくさん集まっているようなので近づいてみると、フリーマーケットが開かれていました。ここはJR総武線からよく見えるのですが、休日にはよくイベント等が開かれているようです。
 JR錦糸町北口から両国へ向かう北斎通りにはかって長崎橋が架かっていましたが、今は撤去されて由来の説明板があるのみです。
 長崎橋のすぐ西側にはJR総武線の高架。
もう少し、大横川親水公園は続きます。
   
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   2011年9月2日作成
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