隅田川を歩く12
蔵前橋〜総武線隅田川橋梁〜両国橋
2011年4月17日
 蔵前橋から下流は両岸ともテラスとなっていて歩けるのですが、この先神田川が合流する手前で右岸(台東区側)は途切れるので、左岸(墨田区)側を進むことにしました。
 右岸のテラスは海鼠壁(なまこかべ)のようになっていて所々に大名の家紋が描かれています。
 前橋の西詰、南側にあるNTTビルの壁面には、NTT東日本のキャラクターDENPOのミッキー&ミニー。
 NTTビル前から隅田川の上を横切っている橋はNTT東日本と東京都水道局所管の蔵前専用橋です。前回来た時は、外面の塗装塗り替え工事中で足場に覆われていましたが、終わったようです。

左端には首都高越しに両国国技館の屋根も見えています。
 墨田区側には橋を渡ってすぐ近くにはテラスへ下りることができる階段がないので、橋の下に戻るには蔵前専用橋の先まで進んでから戻る事になります。

先ほどの蔵前専用橋の下から。中央の管を水道局、両側の角管をNTT東日本が利用しています。
 専用橋の下あたりには堤防沿いに並ぶ木の杭。
両国橋より上流の左岸側(現在のJR総武線と両国橋の間)に「百本杭」と呼ばれた、強い水勢を弱め護岸の役目を果たす多数の杭が打ち込まれていた様子を再現したものだそうです。
 下流に進むと近隣の風景を描いた浮世絵などが飾られていますが、この付近の壁面には近くの小学校の卒業製作が飾られています。
 防護柵は両国国技館が近いということで、大相撲四十八手。両国橋近くまで並んでいます。
 草花用のプランター。どこかで見た形だと思ってはいましたが、防火用具の竜吐水(消火に使った手押しポンプ)下部の桶部分をデザインしたものでした。
 両国・水上バス発着所の手前には水門があります。
 切絵図にある御蔵橋の架っていたお堀あたりですが、その名残でしょうか。
 対岸台東区側にも水門跡がありますが、
こちらは浅草御蔵の八番堀か、その南で西へ延びているお堀あたりのようです。
両国・水上バス発着所の近くの隅田川距離標。
「河口より5.3km地点」。残り少なくなってきました。
総武線隅田川橋梁
  鉄橋を過ぎると両国橋はすぐです。
 ちなみに右岸(台東区)側の防護柵模様は柳橋町にちなんで「柳と屋形船」になってます。
 両国橋の手前で、西から神田川が合流。
右岸はこれまで台東区でしたが、神田川から西側は中央区になります。
   両国橋の上から見た神田川合流部。
両国橋。

 両国橋周辺は、広重も名所江戸百景だけでも第59景「両国橋大川ばた」、第60景「浅草川大川端宮戸川」、第98景「両国花火」で取り上げている”名所”でした。
 両国橋の川を見渡せるテラス部分は土俵のようなデザインになっています。
 また道路沿いの防護柵は国技館、花火と軍配模様になっています。
  両国橋東詰南側に建つ大きな表忠碑(陸軍元帥大山巌筆による日露戦役戦没者慰霊碑)。

その手前にある碑のは向島の俳諧師宝井其角の弟子であった赤穂浪士・大高源吾の句「日の恩やたちまちくだく厚氷」の碑です。
この句は本懐を遂げた後、詠んだ句と言われています。
 講談などで討ち入りの前日、両国橋で大高源五と宝井其角が出会って俳句を読み合う場面があることから、ここに碑が立てられたのでしょうか。
 同じく東詰南側にある享保3年(1718)創業の猪料理店「もゝんじゃ」(正式な店名は「もゝんじゃの豊田屋」だそうです)。
 
西詰から東京スカイツリー。
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   2011年4月19日作成
  2011年5月12日大高源吾の句碑に関する文を修正 
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