隅田川を歩く15
墨田川大橋〜永代橋〜派川分流点
2011年5月4日
隅田川大橋から下流側の眺め。GW中なので船の往来がいつもより多い隅田川です。
右岸(西側)も歩けますが、今回は左岸(東側)のテラスを歩きます。
草木も手入れされて、いとてもきれいなテラスです。藤棚の下ではバーベキューをしていました。
隅田川大橋の下から見た清洲橋と東京スカイツリー。
隅田大橋−永代橋間は約300メートルしかないので、すぐに永代橋が近づいてきます。

永代橋の手前で、右岸から先日船で通った日本橋川が合流。
橋は1927年(昭和2年)に震災復興橋として架設された豊海橋です。
 永代橋は、元禄11年(1698)五代将軍 綱吉 の50歳を祝して幕府が架橋されました。隅田川に架けられた4番目の橋で、場所は現在の永代橋より100m程上流だったようです。
 使用した木材は 上野寛永寺根本中堂造営の余材だったと伝えられています。
 橋名については、当時この橋の東側(佐賀町付近) を 「永代島」 と呼んでいたからとか、徳川幕府が末永く代々続くようにと名付けられたとも言われています。
 2000年(平成12年)には清洲橋と共に土木学会の「第一回土木学会選奨土木遺産」に選定、2007年には勝鬨橋・清洲橋と共に国の重要文化財(建造物)に指定されています。
 現在の永代橋は大正15年(1926) 震災復興事業の第1号として架設されたものです。
 取り付けられているプレートにも、「大正十五年 株式会社 川崎造船所製作 復興局」の文字。
 永代橋上から上流側の景色。清洲橋が隅田川大橋の上層・首都高と下層・一般道の間にわずかに見えます。
 下流側の景色。
この先、隅田川は2つに分かれていて、右側が隅田川本流で中央大橋、勝鬨橋方面へ、左側が派川で晴海運河へと流れていきます。
 永代橋から隅田川本流を歩くなら右岸(西側)の方がよいのですが、残りもわずかなので急がず派川も歩くことにして、引き続き左岸(東側)を下流に向かいます。
 左手の水色の水門は大島川水門。大横川が合流しています。
 大島川水門手前でテラスは一旦終わりです。左手にある階段を登って堤防を越えると公園に出ます。
 永代公園。永代橋から大島川水門までの細長い公園で、堤防の内側だけでなく、歩いてきた堤防の外側を併せて永代公園と呼んでいるようです。
 公園を出ると、大横川に架かる青い越中島連絡橋を渡って、越中島公園へ。
 越中島連絡橋の隣に隣接している橋は練兵衛橋。名前の由来はペリー来航後幕府が設けた砲術・武術の越中島調練場があったことから。今はヤマタネのための専用橋となっています。
 越中島公園北端から永代橋方向の景色。
 本流の中央大橋方向の景色。左側は派川となります。
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   2011年5月9日作成
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