隅田川を歩く18
佃大橋〜勝鬨橋
2011年5月15日
佃大橋の下流側は、左岸(東側)、右岸(西側)ともテラスがあります。右岸(西側)はそのまま勝鬨橋まで歩けるのに対し、左岸は一度途切れるのですが、今回は左岸を歩きます。
テラスから見た佃大橋。
右岸に聳え立つ聖路加タワー。
テラスをのんびり下流へ。対岸に築地本願寺もあるのですが、ビルが立ち並び屋根の一部も見えません。
勝鬨橋上流の月島川が合流する地点に月島川水門があるので、テラスは水門手前で途切れます。
水門を迂回するため一旦テラスの外へ。
堤防の上から、下流側の眺め。この写真では判りませんが、東京タワーがビルの向こうにわずかに見えます。
 
上流側の眺め。こちらは東京スカイツリーが見えます。
 
堤防を越えてテラスから出た所は公園に通じていて、そこから道路に出られるようになっています。
この公園には、対岸築地側にもありましたが「月島の渡し跡」の説明板が立っています。
西仲橋から見た月島水門。
月島川脇の小路に沿って、再びテラスへ出ました。
右手にあるのが迂回した月島川水門。
100mほど進むと、隅田川の一番下流に架かる勝鬨橋に到着しました。
勝鬨橋
 
西詰には「勝鬨の渡し」の碑があります。
勝鬨の渡しは、明治38年(1892)日露戦争の旅順要塞陥落を契機に有志が設置した築地と月島を結ぶ渡しです。
埋め立て地の月島には石川島造船所の工場などが多くあったので工場へ通う人々の重要な交通機関として大いに利用されていました。
その後、昭和15年(1940)になって架橋されたのが勝鬨橋です。
石川島造船や三井、三菱、住友などの倉庫も多くあり大型船舶の往来があったために、特殊な”跳ね橋”構造となりました。
中央の桁橋部分。ここが開閉しました。
開閉した頃の名残の管理塔前の信号。
開閉部
歩道車道間の防護柵は開閉の様子を表したものになっています。これは開いた状態。
当時の写真から。
今では中央部分の補強工事なども行われていて開閉は不可能なようですが、一度でいいから開いている所を見てみたいと勝鬨橋の所に行く度に思います。
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   2011年6月2日作成
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