隅田川を歩く2
岩淵水門〜新神谷橋〜新田橋 
2011年1月9日
岩淵水門を渡った先の荒川岩淵緑地突端から見た、隅田川の荒川からの分流地点。左側に旧岩淵水門、右側が荒川です。
ここから始まる道をしばらく歩きます。ちなみにこの道は一般車両は通れませんがこれでも都道449号。
岩淵水門のすぐ横にあるヘリポート。使われている様子はありませんが、災害時用でしょうか。
しばらくは道路沿いは雑草の茂った土手が続きます。隅田川の対岸(右岸)はコンクリートの防潮堤になっているので向こう側からでは隅田川は見えません。
荒川側の河川敷は都民ゴルフ場。その向こうに見える水色の水門の左側は埼玉県川口市、右側は東京都足立区です。
上流側を振り返って。
 左側で合流しているのは新河岸川です。
道路が隅田川から離れてきました。
川沿いに進めそうなので、斜面を下りて川沿いへ。
左手は日本化学の工場。
隅田川は防潮堤があってしばらく川面を見ることができません。
 
しばらく進むとようやく柵越しになんとか川面が見えるように。
隅田川に架かる1番上流の橋、新神谷橋。東京都道318号環状七号線(環七通り)が通っています。
 


 新神谷橋の少し上流から対岸(右岸)沿いにテラスが設けられているのでここで橋を渡りました。
 この付近には江戸時代、宮堀の渡し(神谷の渡し)があって西新井大師への参拝客や荒川堤への花見客などを乗せていたそうです。
 新神谷橋からの上流側の眺め。
新神谷橋からの下流側の眺め。
今度はテラスのある隅田川右岸を進みます。
 新神谷橋から次の新田橋にかけて隅田川の浚渫工事が大規模に行われているようです。
水鳥軍団、編隊を組んで接近中w
水上バスの神谷発着所。4月〜10月の江戸東京ぶらり旅、いちにちゆらり旅でのみ使われています。
次の新田橋が見えたところでテラスも行き止まりです。テラスのあった付近には堤防の上にマンション等が新しく建てられ、スーパー堤防化しているようですが、民家の並ぶところは古い防潮堤のままのようです。
事業仕分けでスーパー堤防事業は廃止と評価判定されましたが、今後どうなることか。
再び古い防潮堤沿いに進むことになります。 
新田橋へ到着。
橋脚がA字型をしていますが、これは木橋の頃の橋脚を模したものです。(1961年(昭和36年)創架)

 この付近にも野新田(やしんでん)の渡し(馬場の渡し)と呼ばれる渡し船があって、付近の農産物を江戸市中に運ぶ農業渡船として使われていたそうです。

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   2011年3月26日作成
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