隅田川を歩く9
桜橋〜言問橋〜東武鉄道隅田川橋梁
2011年4月10日
 桜橋から。左岸(墨田区)
右岸(台東区)
右岸の言問橋前後の台東区側テラスの防護柵は、花火、桜、屋形船のパターン。
川岸が一部引っ込んでいるのは、山谷堀の河口跡。
 江戸時代には舟で山谷堀を通って遊郭の吉原へ遊びに行くことが、ぜいたくな遊びでした。
歌川広重も名所江戸百景 第34景「真乳山山谷堀夜景」で、左岸側からの眺めを描いています。

対岸(墨田区)から。

 また、この付近には山谷堀と向島三囲(みめぐり)神社の前あたりを結ぶ「竹屋の渡し」がありました。
文政年間(1818年〜1830年 )頃には運行されていたようです。
 台東区スポーツセンター公園内に碑が建っています。
(2010年6月10日撮影)
言問橋。竣工は 昭和3年。昭和20年の東京大空襲の際には橋の上で身動きできなくなった人たちがたくさん亡くなったそうです。
ちなみに言問団子のお店”言問団子”は、言問橋近くではなく桜橋の少し北にあります。
言問橋を過ぎると東武鉄道隅田川橋梁が見えてきます。
堤防の上の隅田公園内。
 隅田公園内の東武鉄道隅田川橋梁(東武線花川戸鉄道橋)の近くには「山の宿(やまのしゅく)の渡し」の碑があります。
 渡しのあった花川戸河岸付近は「山の宿町」と呼ばれ、その町名をとって命名されたとか。
江戸中期には運行されていたようです。
 東武鉄道隅田川橋梁(東武線花川戸鉄道橋)。
ここは列車がいつもゆっくりと進んでいきます。浅草駅側が橋を渡り終えるとすぐに急カーブになっているために、電車がスピードを落とすためです。
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   2011年4月12日作成
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