横十間川を歩く1
北十間川〜松代橋 
2011年8月3日/8月12日
歩き始めは横十間川の北端、北十間川との分岐点からです。

分岐点の東側、北十間川の上に架かる歩道橋からの眺め。
左へ分かれているのが横十間川。
分岐してすぐ横十間川には柳島橋が架かっていて、西詰には妙見山 法性寺があります。
また、この分岐点付近は、広重が名所江戸百景で 第32景「柳しま」として描いています。
柳島橋の上から。
去年7月に来た時には東京スカイツリーはまだ第一展望台の少し上までしかできていませんでした。
横十間川の東側の道路沿いに南へ。
次の神明橋から見た柳島橋方向。両岸とも草木が生い茂っています。
南側。神明橋から東側には散歩道が設けられています。
散歩道。
次の栗原橋の手前、対岸にある艇庫は警視庁第二機動隊の施設のようです。
また、栗原橋から少し北へ戻った所には萩寺(龍眼寺) があります。
「江東みちしるべ」によれば
「龍眼寺は天台宗で、慈雲山無量院と号し、創建は応永2年(1395)と伝えられています。
当寺は萩寺の名で知られ、江戸時代の地誌「江戸名所図会」には萩を愛でる人々でにぎわう様子が描かれています。
 また、境内の万治2年(1659)造立つの庚申塔は、区内で確認されているもののうち最古のものです。
 亀戸七福神のひとつ(布袋尊)として親しまれています。」
とのこと。私も正月に亀戸七福神巡りをした時1度寄ったことがあります。
栗原橋から南側を見ると、暗雲が東の空から。雨が降る前に急いだほうがよさそうな雰囲気です。
栗原橋から先も再び川沿いに遊歩道があるのですが、午前中の雨で水たまりができていて歩けないので、道路沿いを進むことにしました。
横十間川沿いには、よく来ている亀戸天神もあるので、寄っていくことにしました。
天神橋の手前で脇道へ。この道の先、石垣の見える所が亀戸天神境内。
社殿前へ出たとたん、怪しかった空から雨がポツリポツリと来たかと思うと、どゃぶりの雨となりました。ピンポイント豪雨の1つに当たってしまったようです。
天神橋の上から。
天神橋の西詰に立つ亀戸天神社の社号碑。亀戸天神があるのは東側、江東区ですが、この碑があるのは墨田区。亀戸天神から少し離れているしなぜここにあるのか、以前から不思議に思っているのですが・・・・。

1回目はここで雨天コールド終了としました。
   
2回目は、亀戸天神西の天神橋から前回予定していたJR総武線橋梁までの約600mショートコース。
前回に引き続き東岸沿いの道を歩きます。
天神橋の南側は、「天神橋自然魚釣場」になっています。
しかし、魚釣りをするような雰囲気ではありません。
道路の東側、東京都水道局給水所前に建つ「日清紡績創業の碑」。
亀戸2丁目団地前には「亀戸銭座跡」の碑が建っています。

(江東区のHPから)
『このモニュメントは、寛文8年に亀戸銭座で造られた「寛永通宝」をモデルに作成したものです。
レリーフには、「銭座絵巻」(享保13年(1728年))より銭座で行われていた銅貨製造工程のうち、平研(銅貨の表面を磨く)作業をしている図(日本銀行貨幣博物館所蔵)の絵を参考にしたものが描かれています。
江戸時代に銅銭が本格的に鋳造されたのは、寛永13年(1636年)に始まります。そのため、幕末までに造られた銅銭は全て寛永通宝と称し、「寛永通宝」の文字が打ち出されています。
寛文3年(1663年)から天和3年(1683年)まで、亀戸2丁目の住宅・都市整備公団団地のある付近で、寛永通宝銭が造られ、「亀戸銭座」と称しました。そこに、「亀戸銭座跡」の標柱が立っています。
(以下略)』
錦糸橋。
錦糸橋から見た南側。東岸に見えるのは「亀戸水上公園」。
以前は江東区水上バスが運行されていましたが、現在では運行されていません。
亀戸水上公園から見た錦糸橋。他の橋に比べるとかなり太鼓橋です。
ここ錦糸橋の西から江戸東京博物館前の清澄通りまでは、北斎通りとなっています。
JR総武線橋梁。
下を抜けるとすぐ先は松代橋です。
松代橋は国道14号線、京葉道路が通っています。

息苦しいくらい暑く、「高温注意報」も出ていたので2回目はここで終わりにしました。
   
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   2011年9月30日作成
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